東京地方裁判所 平成9年(ワ)2182号 判決 1999年7月19日
原告
共和資材株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
横田俊雄
被告
B(以下「被告B」という。)
右訴訟代理人弁護士
八戸孝彦
被告
株式会社明商(以下「被告明商」という。)
右代表者代表取締役
C
右訴訟代理人弁護士
服部邦彦
同
花崎浜子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告Bは、別紙営業秘密目録記載の営業秘密(以下「本件情報」という。)を被告明商又は第三者に開示してはならない。
二 被告明商は、別紙物品目録記載の各物品(以下「本件物品」という。)を同目録4記載の販売先に販売してはならない。
三 被告明商は、本件物品を廃棄せよ。
四 被告らは、原告に対し、連帯して金六九〇〇万円及びこれに対する被告Bについては平成九年二月二二日から、被告明商については同月二一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告らは、日本経済新聞の全国版及び日本国際貿易振興協会発行の国際貿易新聞に各一回ずつ、別紙広告目録記載の文案により、標題は三号活字、当事者双方の氏名・名称及び被告代表取締役の氏名は四号活字、その他の部分は五号活字を使用した広告を掲載せよ。
第二事案の概要
本件は、被告らによる本件物品の輸入及び販売が、営業秘密を不正に使用した行為及び不法行為に当たるなどとして、原告が被告らに対し、営業秘密の開示の差止め、本件物品の販売の差止め、損害賠償、謝罪広告等を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実)
1 当事者
(一) 原告は、主として中華人民共和国(以下「中国」という。)からの食品、食品原材料の輸入、販売等を業とする会社である。
原告は、約一〇年前から、株式会社イトーヨーカ堂(以下「イトーヨーカ堂」という。)と共同して、中国から食品、食品材料等を輸入し、西野商事株式会社(以下「西野商事」という。)等を経由して、イトーヨーカ堂に販売してきた。
(二) 被告Bは、昭和五一年一一月ころ、原告に入社し、平成五年四月二日、原告を退職した。被告Bは、昭和五六年二月ころから平成五年三月八日まで原告の取締役であり、また、退職まで原告の食品部長であった。なお、被告Bは、昭和五九年八月から昭和六二年九月ころまで、原告の北京事務所長として中国に駐在した。
(三) 被告明商は、食品原材料の輸入、販売等を業とする会社である。
2 被告らの行為
被告Bは、原告を退職した後、平成五年七月一日に、被告明商に入社し、現在、同社において中国から食品材料の輸入、販売等の業務に従事している。
被告明商は、被告Bが入社した後、本件物品(冷凍油炸スイートポテト)の輸入販売を開始し、上海市食品進出口公司の馬陸外貿冷凍廠製の本件物品を中国の上海進出口公司から輸入し、西野商事を通してイトーヨーカ堂に納入した。
二 争点
1 営業秘密不正使用行為等の成否
(原告の主張)
本件情報は、原告の保有する営業秘密であるが、被告Bは、原告の取締役食品部長在職中に原告から示された本件情報を、図利加害の目的で、被告明商に開示したものであるから、被告Bの右行為は、不正競争防止法二条一項七号に該当する。
また、被告明商は、これを知り、又は重過失により知らないで、本件情報を取得し、これを利用して、本件物品を西野商事を通してイトーヨーカ堂に納入したものであるから、被告明商の右行為は、不正競争防止法二条一項八号に該当する。
(一) 秘密管理性
原告の事務室は、外部の訪問客が容易に侵入できないようにされており、本件情報に接することができる者は制限されていた。本件情報は、書面(甲二四号証、二五号証、なお枝番号の表示は省略する。以下同じ)に記載されているが、計算書(甲二四号証)は、被告Bが作成して原告代表者Aに提出し、Aはこれを自分の机の引出しに鍵を掛けて保管され、また、仕様書(甲二五号証)は、被告Bとの協議の上、西野商事が作成した機密文書であり、厳重に保管されていた。
原告の就業規則には機密を保持すべき義務が定められている。被告Bは、原告の取締役食品部長としての職務を行う過程で本件情報の開示を受けたものであり、信義則上、秘密を保持すべき義務を負う。
右書類には、部外秘等の表示はなかったが、本件情報の取得方法、競業行為の態様、機密性の認識可能性等の事情に照らすならば、原告は、本件情報の秘密保持のための合理的努力を行っていたといえる。
以上の事情を総合すると、秘密管理性が認められる。
(二) 有用性
本件情報は、油炸スイートポテトについての、販売原価の計算方法、原告及び売渡先の各売渡価格の決定方法に関する情報であるが、これは事業活動に有用な営業上の情報である。
本件情報の内容は、単に原価や利益がいくらかという具体的事項ではなく、真実の原価、利益率は企業秘密にしながら、表向きははるかに低い利益率であるかのように装い、取引の永続化を計りながら、実際には企業内で極秘に利益を獲得するという営業システムである。このような内容は、商社ビジネスのノウハウであり、有用な情報ということができる。
計算書(甲二四号証)は、被告Bが作成した原告の原価・利益計算を記載した書面である。仕様書(甲二五号証)は、イトーヨーカ堂総菜部の仕様書の書式(西野商事が記載したものと推測される。)である。これらの記載から明らかなように、原告も西野商事も、秘密に二重帳簿を作成しながら、表向きの数字をイトーヨーカ堂に提示して取引をすることにより、企業の存続に必要な利益を確保している。
被告明商は、本件情報を利用して原告と同じ右営業システムを採用したからこそ、西野商事、イトーヨーカ堂との取引を行うことができた。
(三) 非公知性
本件情報は、一般的に入手できない状態にあったことは明らかであるから、非公知性が認められる。
(被告らの反論)
(一) 秘密管理性について
原告においては、本件情報が開示されるのを制限するような措置は全く採られていなかった。原告社内の役員、従業員に対する関係では、当該情報が営業秘密であることを認識させるための適切な管理が必要であるが、原告においては、そのような管理は全くされていなかった。
被告Bは、原告在職当時、冷凍油炸スイートポテトの輸入販売業務を担当し、右業務に関する種々の書類をファイルに綴じて、机上に置いたり、鍵の掛かっていない机の引出しに入れたりして、日常業務中に頻繁に利用していた。甲二四、二五号証も右ファイルに他の書類と共に綴じられていた。なお、甲二五号証は、書類の体裁から、西野商事からファックスで原告に送信されていることが明らかであるが、秘密文書であればそのような取扱いがされることはない。
被告Bが退職後の秘密保持義務を課されたことはない。
(二) 有用性について
甲二四、二五号証は、平成四年一一月に作成されたものである。自社及び取引先の原価及び利益に関する情報に有用性がないとはいえないが、右書面に記載された平成二年ないし三年ころの原価設定の情報に有用性はない。
また、種々の業務において、対外的に公表する数字と会社内部での計算根拠の数字とに齟齬があることは、決して稀ではなく、むしろ商取引の中では広く行われている事柄であり、格別、有益な情報ということはできない。
(三) 非公知性について
被告Bは、当時の部下に、甲二四、二五号証の写しを交付し、内容を説明しており、社内の関係者は情報を共有していたのであるから、非公知性は認められない。
(四) 不正競争行為について
本件情報は、被告Bが在職中自ら得た情報であり、原告から示された情報ではない。
被告Bは、原告を退社後、約三か月間職を探した後、被告明商に入社し、その後同社で通常の営業活動を行っている。図利加害の目的はない。
被告Bに不正競争行為がない以上、被告明商にも不正競争行為はない。
被告明商は、従来から中国産の冷凍野菜等の食材の輸入販売を行ってきた。被告明商が、被告Bの入社後に、冷凍油炸スイートポテトの輸入販売を始めたのは、被告Bが被告明商の取扱商品の紹介のためユーザー各社を訪問した際、イトーヨーカ堂から示された購入希望商品の中に冷凍油炸スイートポテトが含まれていたからである。そして、イトーヨーカ堂発注商品については、配送等の関係から、西野商事を帳合会社としてこれを通して納入するよう指示されたため、被告明商は、イトーヨーカ堂の指示に従って、納入したにすぎず、西野商事との取引に特に意味があったわけではない。
2 不法行為の成否(予備的主張)
(原告の主張)
原告は、一〇年以上かけて、中国産のイモの種類の検討、現地生産工場の選定、幾多の試作品の製作、イトーヨーカ堂との打ち合わせ、他社が扱っていないスティックカットの開発等を行ってきた。
被告Bは、原告の取締役食品部長の地位にあったため入手した情報、ノウハウを、自己の利益を図り又は原告に損害を与える目的で、被告明商に開示し、被告明商は、これを利用して、被告Bの入社後に、冷凍油炸スイートポテトの輸入販売を始め、原告と全く同様に、馬陸外貿冷凍廠製の本件物品を中国の上海進出口公司から輸入し、①西野商事を通してイトーヨーカ堂に販売し、また②明治乳業に販売した。このような行為は商慣習上違法な不法行為である。
(被告らの反論)
被告Bは、原告を退職後、就職活動を行った結果、被告明商に就職し、長年中国からの食品輸入業務に携わって得た知識経験を生かして、被告明商の従業員として右業務を行っているのであり、被告らの行為に何ら違法はない。
上海進出口公司は、平成四年秋に、馬陸外貿冷凍廠製の冷凍油炸スイートポテトを日本の商社一〇社以上に自由に販売していた。イトーヨーカ堂は、平成五年秋ころ、被告明商に対し、冷凍油炸スイートポテトを発注し、被告明商はこれを受注したのであるから、被告明商に何ら違法な行為はない。
3 損害額
(原告の主張)
被告明商が本件物品の販売により得ている利益は、年間一九〇〇万円を下らないから、平成五年度から三年間にわたって被告明商が得た利益は、五七〇〇万円である。被告らが共同して行った不正競争行為により原告が被った損害は、右金額と同額と推定されるべきである。
第三争点に対する判断
一 争点1(営業秘密の不正使用)について
原告は、その保護の対象とする秘密情報の内容について、「油炸スイートポテトについて、真実の原価、利益率は秘密にしながら、取引相手にはより低い利益率を示し、企業内で極秘に利益を獲得する営業システム」であると主張する。
不正競争防止法二条一項所定の保護の対象となる「営業秘密」とは、営業上秘密とされた情報のすべてを指すのではなく、営業上の秘密として管理された情報の中で、事業活動に有用な技術上又は営業上の情報のみを指すことは規定上明らかである(同法同条四項)が、右の有用性の有無については、社会通念に照らして判断すべきである。
そこで、この観点から検討すると、原告が保護の対象とする内容は、必ずしも明らかではないが、その主張によれば、極秘に二重に帳簿を作成しておいて、営業に活用するという抽象的な営業システムそれ自体のようであり、そうだとすると、このような内容は、社会通念上営業秘密としての保護に値する有用な情報と認めることはできない。また、真実の利益率より低い利益率を取引相手に示して取引を行うこと自体は、正当な取引手段であるか否かはさておき、特段、原告独自の経営方法と認めることもできない。以上のとおり、原告主張に係る事項は、営業秘密として保護されるような有用性を有するとはいえないし、非公知であるともいうことができない。
したがって、本件情報が営業秘密に当たることを前提とする原告の主張は失当である。
二 争点2(不法行為ーー予備的請求)について
原告は、被告Bが、原告から示されたノウハウを被告明商に開示し、被告明商が、右ノウハウを利用して、被告Bの入社後に、原告と同じ生産委託先、輸入先、販売先で、冷凍油炸スイートポテトの輸入販売を開始したことが不法行為に当たると主張する。
しかし、原告の右主張は以下のとおり失当である。すなわち、原告の従業員が退職した後に同業他社に転職し、同じ取引先から商品を輸入して、販売活動を行うことが、直ちに、原告との関係で違法な行為と評価されることはできない。のみならず、本件全証拠によっても、不法行為法上保護されるような情報を原告が被告Bに示したこと、被告Bがそのような情報を使用したり、被告明商に開示したことなどの事情を認めることはできない。なお、原告が指摘する計算書、仕様書(甲二四、二五号証)には、不法行為法上保護されるような内容が記載されているものとは認められない。したがって、不法行為についての原告の主張も理由がない。
三 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 沖中康人 裁判官 石村智)
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